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亡き母を想う

思い出しながら書き始める、未完なり.................

 

平成4年6月の初め、水曜日の事だった

もう25年も経つのか........................

当時60才だった母は、月に一度健康診断に通っていた

いつものように仕事へ出かけた私に緊急の連絡が入ったのは夕刻だった

慌てて駆けつけた私に母とおない歳位の女性の医者はこう言った

「覚悟してください、あともって2~3日です」

いたって健康であった母がたまたま健康診断で行った病院のトイレで倒れた

前日、鰻を美味しいと言って食べていた母が倒れた

骨髄性白血病............そんな....

またたく間に肝臓までも侵され、オレンジ色になった母は

2週間頑張ったが............たぶん自分が死ぬとも知らずして 父のいる所へ逝った

息を引き取る時、母は体をググゥ~っと伸ばし静かになった

 

母は聡明な人だった

何でもよく知っていたし可愛い人だった

私が帰るのが夜中になっても居間のテーブルで仮眠をしながら待っていてくれた

先に寝ていてくださいと言っても必ず待っていた

 

病院で必要な身の回りの物を取りに 母の住まいに行くと

母の寝床の枕の上には「家庭の医学」が置かれ 紫斑のページが開いていた

洋服で隠れる部分にたくさんの紫斑があったが 私にはわからなかった

日頃ここそこが痛いのつらいの....とは言うものの肝心の症状は言ってくれなかったんだ

 

母が倒れた日は、父の一周忌の法事の段取りがすべて終わった翌日だった

もちろん肝心の父の法事には出られず............もちろん私も同じだった

そして父の一周忌とともに母の生涯は終わったのだった

 

スーパーのビニール袋をきっちりと誠に綺麗に三角形に折り畳みとっておく人だった

そんなにたくさんあってどうするの............と思っていた

ストッキングをはくときは、まず白い綿の手袋をする人だった

とても汗っかきで、身支度を整えた後は薄っすら汗をかいている人だった

知識欲が高く、なんでも知っていた

しかしそれは実体験ではなく、すべて映像や書籍や新聞で..............

つづく