読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヒカリの闘病241日間

ヒカリが逝って10年、当時のメモをそのまま転記

 

闘病中 私が泣くとシューは必ず下痢をした

それがわかってから私は泣かなかった
シューとカキはほとんど私と一緒に移動をしていた
病院では駐車場の車の中で待機し、そこから散歩に出かけた
私もふたりにまじって車の中で仮眠をとったりしていた
ヒカリは車いすで駐車場までふたりに会いに来たが
間もなくして駐車場までさえも来る事が出来なくなった

薬による幻視が始まった時
ヒカリはベッドの自分の座っている後ろ側に
カキとシューがいると言っていた。
本当はいない事を知っているけど
本当にいるように感じるのは不思議だと
正気と幻視の狭間で困ったようにしていた。
駐車場にいるよ、行こうよ・・・・
行けるわけがないのに そんな事言って励ました。

以下覚書


3.29 バリウム検査(Hクリニック)
お腹が痛いと近所開業医にかかり、ついでだからと一通り検査をすることになった。
ちなみにこの時の腹痛は癌と何ら関係なかったらしい、早期に発見されて幸運だと思っていたのもつかの間…

3.31 エコー検査 内視鏡検査(Hクリニック)

4.12 Hクリニックより結果出たと電話あり

4.20 HクリニックにてK病院への紹介状をもらう、だがその夜F先生に電話

   F先生は電話口で「その紹介状開封してごらん」言われるままに開封をして

   .............でもドイツ語。「なんて書いてある」「わからない、ドイツ語みたい」

   「雰囲気で読み上げてごらん」「〇✖△φ.....」「.....癌だね、すぐおいで」

4.24 N大のF先生と面談、Kがんセンターへ紹介状もらう

          正に大学病院の消化器外科のベテランF先生は自分でも診られる、しかし

  「ヒカリは僕には診れない、つらすぎる」といってセンターでの治療を薦めた

   のだった、それから目まぐるしい検査がよどみなく行われた。


4.26 Kがんセンター消化器外科先生
   外科的治療と内科的治療どちらも根治率30%との事

  ヒカリは化学療法選択、K先生

5.25-6.05 第1回入院抗癌治療(5FU+シスプラチン)
     同日より放射線治療開始5日間×6週間

6.22-7.03 第2回入院抗癌治療(5FU+シスプラチン)

7.22-7.30 第3回入院抗癌治療(5FU+シスプラチン)

8.14 (5FU+シスプラチン)+放射線療法 しかし効果なしと判断

  外科へ行くように言われた

8.15 再び外科の先生、今や癌が大動脈を取り巻いている状態で手術不可能と判断

8.16 再び内科のK先生、もう効果の期待できる治療はないと言われる
   数か月から1年と告知される
   9.6からタキソテールを使ってみようということにはなったが
   残りの時間を有意義に使ったほうが…とも言われる
   8月位から頭痛があるのが気にかかる
   この頃から口内炎味覚障害も酷くなる

8.31 あまりの頭痛に近所のKクリニックへ行き、丸山ワクチンの相談もする

9.6 Kがんセンター入院(本当は抗癌治療の為だったが)、頭部MRI検査

9.7 骨髄検査、ものすごい頭痛、この後どんどん酷くなる,左目がチカチカするという

9.11 骨髄検査では癌が発見されず、しかしあきらかに癌性髄膜炎との事

9.12~凄まじい癌
  左顔面のしびれ、頭痛、左目視覚障害 左鎖骨下静脈経由中心静脈ポート留置
    ロキソシスプラチン錠
    キソベロン(下剤)
    ノパミン5、オキシコンチン20、オプソ(痛み止め)
    フルカリック輸液1103ml,1160kcal
    グリセオール点滴(頭蓋内圧亢進、頭蓋内浮腫の治療)
    レキセート点滴(ステロイド

9.21~加速する進行
  左目はまったく見えないし右目も見えにくい、もの凄い痛みあり
  オキシコンチン、オプソその後オキノーム(痛み止め)
   ロキソプロフェン(消炎鎮痛剤)
   グリセオール、レキセート
   ランドセン次にガバペン

10.3(水) K先生よりあと2~3週間だといわれる、
   たった1か月前は数カ月から一年って言ってたのに
     怖いくらいの進行、憎い癌

10.8(月) 普段から微熱あるも、この日39度以上出る

10.13(土) シャンプーボールでシャンプーする、頭のコブ発見
   後頭部に直径3cmほどのコブ、額に2cmほどのコブ
   左わき腹に1.5cmのコブ、左大腿部外側に1.5cmのコブ
   左手薬指先端に0.6cmのコブ、これが癌

10.16(火) 今までは4人部屋だったのが2人部屋へ移動、もう日単位か週単位だと告げられる
    右目も全く見えないが明るさは感じられるようだ
    毎日毎日痛みとの闘い、私に何とかしてくれと頼む、何もできない
    この日41.2度出る
    もう薬の経口摂取は無理なのですべて点滴に変更
    鎮痛剤はフェンタネストを使う

10.17(水) まったく明るさもわからなくなり非常にショックを受けるが彼は強い
     激しい痛み続く、トイレは手を引いて連れて行く

10.18(木) トイレは尿器で、寝返りもうてない
     フェンタネストは追加投与出来る
      フェンタネスト(鎮痛剤)
      メロペン(吐き気止め)
      グリセオール
      フルカリック3号1103l 11160kcal今日まで

10.19(金) 病院から電話有り、夜中にかなり興奮したらしい
     (この日シューの足、腫瘍の疑いで半日入院させる、カキと一緒)
  1人部屋へ移動、今日から導尿、今日から仕事休んで付き添う事にする
   ソルデム1、500ml,52kcal(輸液)
     ケタラール2ml/h(鎮痛麻酔効果)
     ドルミカム2ml/h (麻酔効果)
     
10.21(日) 鎮痛剤は中枢神経の痛みには効かないらしい、最後の手段は麻酔だが
     投与量が難しいらしく昏睡状態になることもあるらしい
ソルデム1、500ml,52kcal(輸液)
     ケタラール2.5ml/h(鎮痛麻酔効果)
     ドルミカム3ml/h (麻酔効果)
     メロペン0.5
     グリセオール
     フェンタネスト、ロピオン、セレネース
    ヒロシさんが来たことはわかったようだ返事あり

10.22(月) 痛みで起き上がる、うなる、ケタラールを3.0、ドルミカムを4.0に増量

10.23(火) 今日から抗生剤中止、ケタラールは3.0、ドルミカムを5.0に増量
     テキサート、ザンタック、セレネース
     横になろうねというと返事をして自分でも動く

10.24(水) 「痛い、痛い、ここどこ? ママ?」

10.25(木) ベッドでシャンプーしてもらう、気持ちよかったのかよく寝る、呼吸3
    今日から輸液を200mlに減らす、目に浮腫が見られるため
    痛みがあると起き上がって頭や顔面ををかかえる
    「痛い、痛い」もっと痛みをなくすには昏睡状態になってしまう??
    夕方からドルミカムを3.5に増量

10.26(金) 返事する、よく話す「ここはどこ?」に「びょういん」
    膝で鼻をぶつけてしまったら「鼻をぶつけないでください」だって

    久しぶりに笑った
    ドルミカムはだんだん効かなくなるらしい、今日からセレネースを2回に。
    唸ったらフェンタネストをレスキューする、効くようだ
    背中に新しいコブ発見、癌はさらに進んでいる?でも状態は安定
    呼吸2になったり普通になったり、寝たきりでないので褥創はない
    寝たきりではない⇒よく起き上がって座っている

    座ると自分では横になれない
    血圧90-150いつもより高め、酸素97%、脈拍76位?
    浮腫みはまぶた、眼球の白目の部分下部の透明な部分が厚くなっている

10.27(土) 右手薬指先端、中指先端、左太腿にもしこりが…
     排便あり

10.28(日) セレネースを24時間点滴に変更

10.29(月) 正座して頭をかかえる「イタイイタイ」
     問いかけると返事をしているような感じ、血圧80-160
     今後の治療方針をK先生と看護婦さんと話す
     入眠用点滴コントミン
     ケタラール4.0→4.5ml/hr
ドルミカム5.0ml/hr
セレネース ロピオン グリセオール ファンタネスト

10.30(火) 車の給油口ボルボで直す、車がないと動けないから。
     K社長と話す、11.1から一時職場復帰、会社の対応は冷たい、生活とヒカリ
     呼吸3して50秒止まるを繰り返す、血中酸素に問題なし
     シャンプーしてもらって着替える
     血圧80-165 脈100 酸素98% 九州に電話(シューのこと)


10.31(水) ソフトバンク修理終了引き取り、携帯がないと話にならない
     ドルミカム4.5を7.0に変更

11.1(木) 今日から仕事、病院は終わってから朝まで
     この日よりケタラールの濃度をこくして点滴、ほかドルミカム輸液なし
     声をかけても動かない 呼吸6均等

11.2(金) ケタラール、ドルミカムは同じ
     今日からコントミンという点滴が増えた
     足なんて棒のよう、水分が少ないので体中カサカサしている
     毎日看護師さんが体のケアをしてくれる、感謝、私は洗濯

11.3(土) 午前中はシューの病院、心配
     血圧70-140 呼吸6 喉がゴロゴロいう分泌物が増える、喘鳴というの?

11.4(日) 朝9時から着替えなどする 10時にヒロシさん
     血圧70-140 午後から高熱38.5薬でも1度しか下がらない
     つらそう、脈120-130 呼吸6安定 ゴロゴロあり

11.5(月) ゴロゴロなし 呼吸6 脈120 平熱 よく寝るが体はバタバタ

11.6(火) 変わりなし

11.7(水) コウ来る、見せたくない 呼吸6(3回吸って間アク)脈110 吸引必要

11.8(木) 呼吸10均等 脈125 熱37.7 顔拭くと嫌そうにウ~ンと言うが
     ほかは気持ちよさそうに寝ている
     ドルミカム10mg/2ml ベース 2cc/hr
     コントミン生理食塩水注100ml コントミン25mg/5ml ⇒3ml/h
     ケタラール200mg/1v25vベース2ml/hレスキュー2ml/30分
     ファンタネスト、ロピオンほか

11.9(金) 看護師さんにシャンプーしてもらう
     呼吸浅い10 熱アル 脈しっかり 手足暖かい

11.10(土) 日中、血中酸素濃度が90を切ったので酸素を足してもらっていた
     熱38度 呼吸8 脈100 血圧130
     ずいぶん頬がこけた

11.11(日) 朝吐血200ccにて病院より電話あり ヒロシさんも来ている
     呼吸8 脈100 酸素96 血圧-110 手足暖かい
     K先生はついていたほうが良いと言う
     テキサート8mg/2ml
     ザンタック50mg/2ml
     コントミンドルミカム、ケタラール、ファンタネスト、グリセオール

11.12(月) 安定したのでam2:30に帰宅、仮眠して会社へ
     会社から2回様態確認の電話、大丈夫 呼吸6脈100 血圧-130

11.13(火) 会社へ、凄く眠い 酸素はずす
     看護師さん達の名前だいたい覚えた
     

11.14(水) 日本橋に仕事で行ったので病院に立ち寄る11時
      吸引中にまた出血かたまりも出る
      酸素83 呼吸14 脈140 熱39度
      夜も同じ感じで出血続く、ウンウン唸って苦しそう、熱のせい?

11.15(木) 出血止まる一安心
     酸素88 血圧110 呼吸11 熱37度超 尿ok
     唸る、足バタバタ、呼吸ゴロゴロ

11.16(金) 熱高い、呼吸10-14 脈100 尿ok

11.17(土) おもいきってシューとカキシャンプー
      血圧70-160 微熱あり 呼吸11 脈110 尿ok
      右足バタバタ 呻き声多い ドルミカム早送りで静か
      レスキューすると深い呼吸に変わる

11.18(日) 11.19(月) 変わらず

11.20(火) シャンプーしてもらった 
     右目をあけると下の方が赤黒く変色している
     酸素90 呼吸17 脈100  
     加湿器を置いてくれた(口開けて呼吸するので、感謝) K先生来る

11.21(水) 朝8時過ぎK先生から電話あり、午前中の打ち合わせ終了後病院へ
     午前中血中酸素濃度が70近くまで下がったそうだ
     血圧も上が80と下がり心配する
     午後2時 血圧70-110 酸素86 熱37度 脈122 で安定する
     呼吸が浅くなったと感じる
     付いていたほうがいいかと看護師さんに尋ねたら大丈夫との事、一時帰る

     夜 血圧70-106 脈100 酸素90 熱36.6 呼吸13 安定
     でも尿がでなくて心配

11.22(木) 尿が出ているか病院に電話、朝グリセオール点滴後400cでて一安心
     *手の位置、胎児のように手を胸の上にギュッと縮める事が多い
     *足はすぐ膝を立て特に右足を左へバタンバタンと揺らす
     血圧は測らなくても手首でふれれば上80はあるからと教えてもらった
      
11.23(金)祝日 午前中シュー病院 コウを大学で降ろす
      浅い呼吸30 熱38度 脈110 酸素86 血圧55-105 尿は出ている
      Kさん足洗ってくれる一皮むけた、今日は全然動かない
      浅い呼吸とは肩が動く位なのでヒカリは大丈夫らしい、安心
      
      試しに自分の酸素計測、酸素98%脈69だった
    
11.24(土) 朝7時に病院から電話、血圧低く呼吸安定してないとの事
     コウを大学で降ろして病院に9時に到着

     通り道だから助かるし一緒だと安心
     血圧30-60 呼吸浅く 酸素70 顔色悪い 足冷たい
     今度ばかりは危ないと思いすぐに息子に電話

     呼吸だんだん間があき、見ているうちに次の呼吸が来なかった
     静かな最期だった、よく頑張った、コウは間に合わなかったがそれでいい
   
     平成19年11月24日 午前9時48分 永眠

              正午 病院霊安室
              1時 F会からお迎えありリンカーンにてEへ
              E斎場で打ち合わせ
              
     平成19年11月27日(火)午後7時から お通夜
     平成19年11月28日(水)午前10時から 葬儀

     平成19年3月29日から241日間のヒカリの戦いが終わった